☆エンデバー社会科見学 (7月23日(土))☆

本日は、エンデバーの活動の一環で社会科見学と称して 月形樺戸博物館、新十津川町開拓記念館に行ってきました。天気もからっと晴れていてとても気持ちが良く まさしく見学日和といったところです!


◎ 月形樺戸博物館

10時40分頃、南空知リサイクルパークを出発して 車で約1時間少々、まずは月形樺戸博物館に到着。旧樺戸集治監本庁舎、博物館本館、農業研修館という3つの資料館があり それらを順番に見学していくという構成になっています。

私達は受付で入館料を払い、順番に従って まずは旧樺戸集治監本庁舎を見学。そこには 当時の樺戸集治監の歴史や 集治監の初代典獄(集治監の所長にあたる人)月形潔や集治監の剣術師範として 看守達に剣術の指導をした元新撰組の永倉新八等々、樺戸集治監の設立、それを担っていく上で 何らかの形で携わった歴史人物達の功績を紹介したスペース、または囚人達が過ごした牢屋、独居房の内部が再現されたスペースや 典獄室、副典獄室を再現したスペースなどもあり とても興味深かったです。 


次に博物館本館に移動。そこでは先述した剣術師範である永倉新八の功績が更に詳しく紹介されていたり、月形潔をはじめとする歴代の典獄達の紹介 看守達が使用した刀や鉄砲、逃亡を図って捕まった囚人がつけられた鉄丸などの展示スペース または集治監建設や囚人護送の様子 当時囚人達が熊や狼に対する恐怖や 冬場の寒さなどと戦いながら命がけで行った道路削開の様子がジオラマで紹介されていて、見学している私達は当時の過酷さというものを痛々しいまでに感じた気がしました。

その他、集治監と月形町の関係がシアターで紹介されているスペースがあったり、当時集治監で脱獄の天才と謳われた五寸釘寅吉に関する資料等が展示されていました。


次に農業研修館を見学。現在は農業器具の機械化もどんどん発展してきていて便利な世の中になってきていますが、当時は当然そのようなものはなく 人間が自分たちの手足や知恵または馬を使って農地を開拓するために努力や苦労を重ねていた様子が丁寧に展示されていました。

最後に当時囚人達の起床や食事、消灯を知らせる際に、鳴らしていたとされる鐘を鳴らし 旧樺戸集治監本庁舎前で記念撮影。月形町の歴史を勉強する上でとても貴重な見学となりました!!

今回見学した月形樺戸博物館について書かれたページをご紹介します。
こちらをクリックするとサイトへ移ります。


◎ 新十津川町開拓記念館

月形の皆楽公園で昼食休憩を取った後、そこから車で移動すること約30分。新十津川町開拓記念館に到着。この記念館は開拓記念館、農業記念館と向かい合わせの形で2つの建物があり 私達はまず開拓記念館の方から見学。入口で入館料を払い早速中へ。全部で7つの項目に分かれていて、1から順に開拓における当時の人々が様々な困難に直面し、私達の想像を遥かに絶する程の苦悩に満ちた生活を送りながら それでも未来を信じ知恵と努力を重ね
、また村の未来を背負う子弟達への教育を忘れなかった結果 新十津川村が誕生し、やがては新十津川町になって発展していく様子を開拓時の自然や当時の農機具や移民達の暮らしを再現した蝋人形を用いたジオラマを交えながら垣間見ることができました。



開拓記念館見学後、向かい側の農業記念館に移動。入口に立ってすぐにまるで現在の役場の作業風景を再現したかのような蝋人形を用いたジオラマがあり、それが妙にリアルでちょっとビックリ!(驚)
ここは 大正10年に建てられた新十津川信用購買組合の建物を復元したものらしく、館内には農業に対する先人達の幾多にも及ぶ労苦を伝える資料がたくさん展示されていました。

後 戦時中、新十津川から兵隊に出て戦死された方々の名前がそれらの方々の写真付きで紹介されているスペースもあり、それを拝見して改めて戦争は絶対にいけない事だと強く感じました。

※ 後、開拓記念館1階には収蔵庫があり、毎週日曜日に公開されています。私達は見学できませんでしたが、新十津川の歴史が感じられる貴重な収蔵品が多数保管されているようです。

新十津川開拓記念館の詳細については、こちらから



◎ 最後に

今回の社会科見学を通じて、昔の人々が苦労と努力を重ねて築き上げてきた功績に感動を覚えたと共に、私達が暮らしている町だったり 道路であったり これらのものをただ当たり前にあるものだと考えてはいけない。これらのものを築き上げてくれた人々に深い感謝の気持ちを持って 暮らしていかなければならないと強く思いました。


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